それは「ヤニン」という女の子。

タイ音楽

山麓園太郎です。サワディーカップ。

「アジアのポップスを聴き倒す会」(通称アジポ会)のタイ編はこれまで2回、東京と名古屋で開催されましたが、タイ編の時にCyndi Seuiと並んでもうひとり、「初めて聴くお客さん達をいきなり虜にする」シンガーがいるんです。今日はその子について書きましょう。

僕がタイポップスの大手レーベル作品をかなり集めて、いよいよインディーズにも目を向け始めた頃、タイのギタリストのフェイスブックで見かけたこの曲に目を奪われました。

大手レーベルで聴き慣れたシティポップ調や、ゴージャスなアレンジが施された王道のバラードとは違う、幅広の川の流れみたいに穏やかなワンコードの上に重なる彼女の歌には、意識が内面と外の両方に向かって無限に開いてゆくような不思議な印象がありました。

動画の1分10秒の所で窓の外に稲妻が光って、少しだけ音楽に雷鳴が混じるんですけど、それが曲にピッタリで。僕はその時に山下達郎の「アンブレラ」(アルバム「SPACY」に収録)を思い出して、「天候さえ味方に付けるこの子は何か持ってる」とコメントを書き込んだら、偶然それを見た本人から「彼はなんて書いているの?」とレスが付いたんです。

そのタイのギタリストが僕のコメントをタイ語に翻訳して伝えてくれて、それがきっかけでフェイスブックで彼女と友達になりました。名前はヤニン。てっきり「歌も歌うファッションモデルか有名シンガー」だと思ってたけど、当時の彼女は自作の歌をYouTubeで発表するうちにその声が一部で評判になり始めたばかりの無名の大学生でした。

SNSでやりとりを交わし始めると、なんと彼女は山下達郎の「Bomber」や「Funky Flashin’」に代表される70~80年代の日本のディスコ/ファンクにぞっこんだという事が判りました。しかし彼女のSNSをチェックしてみるとその活動はジャンルを完全に超越しています。自作曲はフォーキーなものが多いけれど、時にはヒップホップやメタルにまで客演しているのです。凄いのはどんなフォーマットの上でも、彼女が歌い始めた途端「ヤニンの世界」になってしまう事。それほど特別な声の持ち主なんです。

そして半年ほど経った頃、彼女がエレクトロのアーティストCasinotoneと組んでリリースした「Saturday」をラジオで紹介する事になりました。

ヤニンを日本に紹介するにあたり僕が考えたのは「タイの早瀬優香子」というキャッチコピーでした。ざっくり「ウィスパー系」等と例えるだけではしっくりこない、その声の存在感の大きさが共通すると思ったんです。

ヤニンへのインタビューも、放送では紹介しなかったけどこの時に行なっています。

山麓:音楽を始めたのはいつ?

ヤニン:大学に入ってからで18才の時。

山麓:音楽以外の活動は何かしている?

ヤニン:大学を卒業したばかりで、まだ就職していないの(大学では広告デザインを学んでいた)。仕事に就く前に大好きな音楽に思いっきり取り組んでみているところ。

山麓:フォーキーなもの以外にも様々なスタイルの音楽をやっているけど、それらを歌っている時に何か自分の中に絶対に変わらない芯のようなものはある?

ヤニン:ラップやジャズ、K-POPみたいなものまで色々な音楽が好き。どんなジャンルでも歌えるって信じてるからそうするだけね。はたからは雑多な活動に見えていても、フォーキーな曲が自分を代表するものだと思うけど、全てに共通する私らしさを一言で言えば「ピースフル」だと思う。

山麓:君から見て、日本の音楽の魅力って何かな?

ヤニン:メロディが綺麗なところ。聴いていて楽しいし、新しいものを生み出してると思うの。日本の人は仕事でも何でも全力でするでしょ?凄く頭が良くて、でもちょっとクレイジーで。音楽もそう。
友達は日本のバンドが裸で歌ってるのを見たって言ってた(注:銀杏BOYZか?)。日本語は判らないし、何というジャンルなのかも判らないけど、きっとそれも音楽のための試みなんでしょうね。そんな限界の先へ行っちゃうところも日本の音楽の魅力かな。

 その放送の翌月。僕はバンコク旅行でヤニンとアポを取りました。山下達郎の旧盤ベストアルバムが不要になったのでプレゼントする事にしたのです。

それ以外にも日本のファッション雑誌やJ-POPのCDを持ってカフェで待ち合わせ。

ステージとは違うリラックスした服装のヤニンと初対面(撮影:うちの社長)
古内東子なんかもあげました

その後デザイン事務所でインターンシップをしながらマイペースで曲を発表するヤニンを応援してきました。彼女は独学で音楽理論は知らないので、書く曲もシンプルなワンコード、ツーコードです。だからこそ他のアーティストとの共演経験が大切だし、デモ音源を聴いて「ウッドベースを足してみたらどう?ほらこの前あげたCDのあの曲が参考になると思うよ」なんてアドバイスしたり。ラジオでも4回はかけたんじゃないかな。その都度SNSでやりとりをして、更に色んな事が判ってきました。

・最初のJ-POP体験はYouTubeで見た安室奈美恵。そこから関連動画を漁るうちに荻野目洋子や山下達郎、ついにはチャクラやきのこ帝国や山崎ハコにまで辿り着く
・バンコクのラジオ局Cat Radioにゲストで呼ばれた際にはバンコクの中古レコード屋で買い集めた自分のコレクションを持ち込み山下達郎、一十三十一、秋元薫、八神純子等を3時間に渡ってかけ続け、村田和人「一本の音楽」で番組を締め括った
・理想の男性が何故か少年隊の東山紀之。確かにタイの人から見たハンサム顔ではあるけど何故最近のジャニーズではないのか・・・?

僕も面白くなってきて本当に山崎ハコのレコードや「はにわちゃん」みたいなマニアックなバンドのCDをおみやげに持って行く事が増えました。僕としては「何でも貪欲に見て聴いて、その中のどれかが彼女の足しになればいい」と思ってあんまりリサーチせずに持って行く。「こんなに沢山もらえないよ」っていう彼女に「これは先行投資なんだ。君のデビューアルバムが完成したら1枚僕に送って。それでチャラにするから」と答えて。

「OPUS」やはっぴいえんども
で、雑誌にこっそり少年隊のレコードをはさんでおいたら・・・
「うぇわぁっ!」と驚愕した後、突っ伏して悶絶するヤニン。日本から持ってきたかいがあったってもんです

さて、その後も彼女は自分の夢である「自身のアルバム制作」に向けて邁進して行きました。

Cat Expo 4 (2017)でEKHOのステージにゲスト出演

音楽活動の傍ら、ついに最大手レーベルGMMにグラフィックデザイナーとして入社し、Lulaの新アーティストロゴのデザインやMVの演出を手掛けます。デビューに向けたレッスンも受け始めたと聞いて嬉しく思っていたんですが、去年(2019年)の春に会った彼女は沈んだ様子でした。

GMMのでっかい本社ビルから出て来たヤニンとビルの隣のカフェへ。訊くと「ここでヴォーカルレッスンは続けているけれど、もうGMMでは働いていない」と言うのです。

音楽だけでなく映画やTV部門も抱えるエンターテインメント総合企業であるGMMでは、とにかく巨大な金が動きます。見込みがあると判断された新人はダンスレッスンや語学留学まで含めた手厚いサポートでマルチタレントとして育てられ、毎週末には屋台骨でもある大物歌手からビールが箱単位で差し入れされて終業後オフィスで飲み会が始まる(実際彼女も明け方4時にオフィスの床で目を覚ますのが毎度の事だったそうです)、なんて景気の良い話もある反面、売れなくなったベテランが契約を切られたりといった厳しい話も。

ヤニンは自分のデビューに関して打診したところ「制作とプロモーション込みで◎◎◎万バーツ自己負担なら」という答えが返って来たそうです。金額は伏せますけどえぐい数字です。

「ここでは自分のやりたい事はできないなぁ、って思ったの」と言うヤニン。つかず離れず、みたいな感じでアーティストとしての籍は残っているみたいですが。

会社に近かったアパートメントも引き払う、という彼女に相変わらず少年隊と安全地帯のレコードしか渡すものがない僕。それでも彼女の芯にある「ピースフルな心」は変わっていなかったので、またきっと別の形で自分のやりたい事をやればいいんだろう。と思って「これからも応援するよ」と伝えました。

最近ではCat Expo 6の後に会いましたけど、今はGMMでの経験を生かしてフリーでMusic Videoのディレクターを始めたそうです。

また少年隊のレコードを渡す僕(笑)
この日はちょうど新しいMVの構成を考えてるところでした

その歌声のように、どこで何をしていてもヤニンはヤニン(これも早瀬優香子の「セシルはセシル」のオマージュです)。夢だった音楽業界に翻弄されたかもしれないけど、いつかそのピースフルな心でデビューアルバム完成させて、僕に1枚届けてよね。だって特別に作ってくれたデモのCD-R、あれデータが壊れてて読めなかったんだよ(笑)!

本当に幻になっちゃったデモCD-R

ヤニンの歌 オススメ5曲

「You(あなた)」Yanin x Casinotone
エレクトロなトラックとは特に相性が良いヤニン。これがアジポ会でかかる度にお客さんから「誰ですかこれ?」という反応がすぐ飛び出します。

「Sunbeam」
彼女はGMM入社直前、なんとインディーズでありながらTVドラマのエンディングテーマ歌手に起用されています。それがこちら。

CHEAT DAY (cover)
White Musicレーベル所属のスター、Pop Pongkoolのナンバーをカバー。これが彼女のGMMでの活動としては目下最後のものです。

「SATELLITE」
GMMを離れて、再びインディーズでリリースした新曲。広大なスケールだけど、音数が少なめなアレンジの上で漆黒の闇を照らすヤニンの声。僕達が思い浮かべる宇宙のイメージの全てがこの1曲に詰まっています。

「ルネサンス」(The Darkest Romance feat.Yanin)
タイトルは文化運動としてのルネサンスではなく「終わった愛の復活」という意味が込められているそうで、タイのメタルバンドThe Darkest Romanceとの共演です。このバンドのリーダー/ベーシストのMaggieはBABYMETALの「PA PA YA!」にタイのラッパーF.HEROが参加した際にタイ録音パートのアレンジとプロデュースを手掛けた人。Spotifyの他Apple Musicでも配信されているのでぜひフル尺で聴いてください。

関連リンク:アジポ会 タイ編 in NAGOYAの様子を「タイ人になりたいよしだ」さんがレポート

https://ysdasyk.red/ajipokai_ngo/

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